
今年は これから大好きなクリスタルを ここで紹介していきたいと思い立ちました♪
記念すべき一つ目のクリスタルは レインボークォーツです。
この写真はクリスタルショップでもよく置いてあるハート型の水晶です。
(写真をクリックすると拡大写真がご覧になれます。ぜひ見てみてくださいね♪)
このクリスタルを最初に手にしたとき あまりのきらめきに息をのみました。
表も裏も虹が広範囲に広がりすばらしい虹と光のダンスが見えました。
ですが よく見ると表面は傷だらけで溝や大きく欠けている部分さえ数箇所ありました。
表面は傷だらけだったのです。
研磨の段階で これ以上いじるとまずいと 表面をなめらかにするのをあきらめた そんな感じを受けました。
でも私はやはり その輝きには抵抗できず 連れて帰ったのです。
それからこのクリスタルは私にとって スペシャルなものとなりました。
毎日毎日きらめく虹の光のダンスを時間も忘れてしまうほど眺めていました。
クリスタルの中の虹は クリスタルの中の傷(クラック)に光が当たることで生まれます。
このレインボークォーツから受け取ったことは
人の心・魂も同じなのだと言う事。
人生の中で 心に傷を受けて でも悲しみや不安を乗り越え、また傷を心に刻んでまた乗り越える。
たくさんの事を 体験して学んで自信や思いやりにつながっていく。
たくさんの傷を体験した魂は すばらしい虹色に輝いている。
表面はぼろぼろに傷ついていても その奥にある魂は美しく輝いているのだと・・・
虹の光は「よくがんばったね」という祝福の光です。
自然界でも虹は 台風の後や雨雲が去るときに見られますよね。
こんなことを クリスタル達とと共に 出会う人にお伝えしていきたい
それを再確認させてくれる 私にとって特別なクリスタルです。
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先週の土曜日に開催された 福岡すぴこんに参加して帰ってきました。
福岡は私のふるさとです。
今回の帰省には 年を取った母の様子を見てくるという目的もあり ちょっぴり複雑な想いが胸にありました。
母とは付かず離れずといった関係で 前回の福岡すぴこんに参加のときも 会う事も、帰ることを知らせる事すらなかったのです。
啓子先生のクリニックに始めて行った時も「お母さんとの間に葛藤があるわねぇ。」とズバリ指摘されたのを思い出します。
インナーチャイルドを癒すワークのときも 泣きじゃくる私に啓子先生は「(私が)死ぬ2分前までに許せればいいんじゃない?今はそれでいいのよ。」と言ってくださり ずいぶん気持ちが楽になった事がありました。
おまけに 母は再婚していて帰ってもそこは私の育った家ではありません。
ですが 母が鬱になったというので この機会に帰ることにしました。そんなですから 今回母に会うのは三年振りでした。
ドアが開き 「お帰り。」と微笑む母は 髪が真っ白で 私は内心かなり驚いていました。
思っていたより 元気そうで一安心し 近況を語り合い 母の希望で祖父母が眠るお寺 南蔵院に行こうということになったのです。
日曜日 私と母は電車に並んで座っていました。
すると母が泣き出したのです。
「あなたを 父親の無い子にしてしまって ごめんなさいね。」
「でも そうするしかなかった。ずっとすまないと思っていたのよ。」
私は思わず 母の肩を抱き背中をさすりながら
「私は お母さんは精一杯がんばってきたと思ってるよ。」
「いろんな事があって 今のわたしがいる。何一つ無駄なことは無かったと思っているよ。」そう言う事ができたんです。
それまで私はずっと 心も身体も 母に寄り添うことができなかったのに やっと母を抱きしめることができたのです。
やっとそんな自分になれたのです。
長い時間を要しましたが 生きているうちに重い荷を一つ降ろす事ができたように思えました。
祖父母も見守ってくれていたのでしょう
冷たく澄みわたる青空が 心にしみる冬の日でした。
すべての人にも いつかわだかまりが溶ける暖かい春が ベストタイミングで訪れる事を
私は信じます。
福岡は私のふるさとです。
今回の帰省には 年を取った母の様子を見てくるという目的もあり ちょっぴり複雑な想いが胸にありました。
母とは付かず離れずといった関係で 前回の福岡すぴこんに参加のときも 会う事も、帰ることを知らせる事すらなかったのです。
啓子先生のクリニックに始めて行った時も「お母さんとの間に葛藤があるわねぇ。」とズバリ指摘されたのを思い出します。
インナーチャイルドを癒すワークのときも 泣きじゃくる私に啓子先生は「(私が)死ぬ2分前までに許せればいいんじゃない?今はそれでいいのよ。」と言ってくださり ずいぶん気持ちが楽になった事がありました。
おまけに 母は再婚していて帰ってもそこは私の育った家ではありません。
ですが 母が鬱になったというので この機会に帰ることにしました。そんなですから 今回母に会うのは三年振りでした。
ドアが開き 「お帰り。」と微笑む母は 髪が真っ白で 私は内心かなり驚いていました。
思っていたより 元気そうで一安心し 近況を語り合い 母の希望で祖父母が眠るお寺 南蔵院に行こうということになったのです。
日曜日 私と母は電車に並んで座っていました。
すると母が泣き出したのです。
「あなたを 父親の無い子にしてしまって ごめんなさいね。」
「でも そうするしかなかった。ずっとすまないと思っていたのよ。」
私は思わず 母の肩を抱き背中をさすりながら
「私は お母さんは精一杯がんばってきたと思ってるよ。」
「いろんな事があって 今のわたしがいる。何一つ無駄なことは無かったと思っているよ。」そう言う事ができたんです。
それまで私はずっと 心も身体も 母に寄り添うことができなかったのに やっと母を抱きしめることができたのです。
やっとそんな自分になれたのです。
長い時間を要しましたが 生きているうちに重い荷を一つ降ろす事ができたように思えました。
祖父母も見守ってくれていたのでしょう
冷たく澄みわたる青空が 心にしみる冬の日でした。
すべての人にも いつかわだかまりが溶ける暖かい春が ベストタイミングで訪れる事を
私は信じます。